野比のび太天才説再論
5. つづき
みなさん、こんにちわ。klis48のいけぴ将軍です。
これは、第二のklis Advent Calendar 2020 の12月25日(金)の記事です。
メリークリスマス
あとこれは、「野比のび太天才説」のつづきです。この記事を読む前に、前半の「野比のび太天才説」を読んでいただくと良いかも知れません。

6. 登場人物再紹介

パターン(CV:花江夏樹)
klisの授業中に黒板の上に突如爆誕したカフェオレの妖精。
インスタのフォロワー数が1000万を超えているという真っ赤なウソをプロフィールに書こうとして、ちょーりっぱさんにこっぴどく叱られたことがある。
決してカバではないが、バカかも知れないと、オレのおじさんの甥っ子が言っていた。

ちょーりっぱさん(CV:花澤香菜)
前半の「野比のび太天才説」の話が長すぎて、すっかりお腹が空いたので、こっそりおウチに帰ろうとしたが、パターンが後からついてきて、逃げ切ることができなかった。そのことがとても悔しい。
追いついてきたパターンから、白い貝殻の小さなイヤリングを落としていたと告げられるも、それは、ちょーりっぱさんのモノでもなんでもないので、他人のモノを勝手に拾って持ってくるなと、こっぴどく叱り飛ばしてやった。
厳しい中にも、厳しさと厳しさを併せ持つ、結局のところ厳しいだけのライブラリアン。ついでに、最近は家計も厳しいらしい。
注:CVはただの幻想です。
7. 前半のおさらい

簡単にまとめると、小学4年生レベルのテストで、四回連続で0点をとるためには、むしろ四回連続で100点をとることができるくらいの学力が必要なんじゃないのっていうのが、前半の「野比のび太天才説」の主な内容なのだったのだった。
8. 本題

じゃあ後半いってみよー!!

おー!!

前半の「野比のび太天才説」でも、ちょっと話したけど、もしも現代にタイムマシンがあったら、ちょーりっぱさんだったらどうする?

それって意外と難しい質問だよね。
まあ、気楽に考えてよ。

そうねえ、やっぱり、自分の過去とか未来を見に行っちゃうかもね。
じゃあ、最初に行くとしたら、過去と未来のどっち?

未来がどうなってるかってのは、すごく気になるけど、未来の自分を見るのはちょっとドキドキよね。しわとか白髪が増えてるのは見たくないし。
薄毛の可能性もあるしね。

ないわよ。
ごめんなさい。

もしも過去に行って、過去の出来事を変えちゃって、タイムパラドックスとかになるのも嫌だから、とりあえずは未来に行くかしらね。
なるほど。

ちょっと先の未来を見て、何が流行ってるとか、何が起こったかとかを先に知ってるって、おもしろそうじゃん。
たしかにさあ、昨年の今頃って、新型コロナウイルス感染症で、世の中がこんなに変化するなんて、思ってもみなかったもんね(※ちなみに、この記事は、2020年11月22日に書いています)。

あとさあ、「バック・トゥ・ザ・フューチャー Part II」でもあったけど、未来に行って、競馬とか競輪とか競艇とかの結果を見て帰って来てきたら、大金持ちになれるかもね。
お金持ちになったら、エビフライおごってね。

エビフライでも、フビライハンでも、何でもおごってあげるわよ。
ありがとう。

ちなみに、パターンだったらどっち行く?
僕だったら過去に行くなあ。

過去に行って何するの?
まずは、3世紀前半の日本に行って、邪馬台国の場所を確認するんだあ。

ロマンね。
ついでに、栗拾いもするんだあ。

マロンね。
平安時代にも行くでおじゃる。

麻呂(まろ)ね。
ちょっとお高い、卵白と砂糖とアーモンドを使ったフランスの焼き菓子。

マカロンね。
頭痛がするなあ。

たぶん、バファリンね。(・・・ネタが尽きたな・・・)
バファリンの半分は「やさしさ」で出来てるんだよ。

「やさしさ」なんていらないから、値段を半分にしなさいよ。
ライオンさんに言ってみたら。

バファリンってライオンの製品なの?
そうだよ。
で、邪馬台国に行ったら、何かするの?
なんとかして、卑弥呼の写真とか動画を撮って帰りたいよね。

歴史の教科書が変わるね。
「魏志倭人伝」によると、王様になってからは、卑弥呼を見ることができる人はかなり少なかったみたいだから、ちょっと難しいかも知れないけど。なんとか撮影したいよね。

インスタにあげてね。
実は、単行本の41巻の「未来図書券」(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.41, 1990, p.36.)っていう話にも、2008年のタイムマシンの発明によって、邪馬台国論争に決着がついたっていうシーンがあるんだよね。

邪馬台国論争の完全決着はムネアツね。
過去に行けたら、卑弥呼だけじゃなくて、歴史上のいろんな人たちの写真を撮って帰りたいな。

歴史上の人物の肖像画は、誰が誰だとか、誰は誰じゃなかったとか、いろいろと議論があるもんね。
そうなんだよ。聖徳太子とか、源頼朝とか、足利尊氏とか、西郷隆盛とか、みんなの写真を撮って帰りたいね。

でも、西郷さんは写真も銅像もあるじゃない。
西郷さんは大の写真嫌いで、あれは親族の写真をうまく合成したものなんだって。あと、上野の西郷さんの銅像を見た奥さんが「ぜんぜん似てない」って言ったらしいよ。ついでに言うと、隆盛っていう名前も本当は違ってて、お父さんの名前だったんだよ。

そうなんだ。
ちょーりっぱさんは、過去には行ってみたくない?

そりゃあ過去にも行ってみたいわよ。でも、やっぱタイムパラドックスがこわいよね。
なにかの拍子で過去を変えちゃったらタイヘンだもんね。

バタフライ・エフェクトで、ものすごい変化になっちゃうかも知れないもんね。
そうだね。ちょーりっぱさんがヤンキーになってるかも。

パターンがめちゃくちゃカッコよくなってるかもよ。
それはいいなあ。

でもまあ、小さい頃の自分とか、懐かしい人たちとか、当時の街の風景とか、いろいろと見てみたいねえ。
そういえば、単行本の4巻にも、のび太がおばあちゃんに会いに過去に行く話があるね。

あれは感動よね。
小学4年生になったのび太が、ランドセルしょって未来からきたって言ったら、のび太のおばあちゃんは”やっぱりそうかい”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.4, 1974, p.191.)って言って、のび太の存在をすぐに受け入れたんだよね。

あれはまあ、理屈を超えた愛ってヤツなんじゃないのかしら。
ちなみに、過去に戻って、これだけはやってみたいなあってことはある?

う~ん、ナニをやるっていうよりも、当時の日常生活を過ごしてみたいなあ。
なるほど~。

朝起きて、学校行って、部活して、買い食いして、家帰って、家族とごはん食べて、みたいな感じ。
それは、僕もすごい分かるなあ。

なんでもなかったはずの日常が、何年も経つと、素晴らしい想い出になったりするじゃない。
そうだよねえ。

ところで「野比のび太天才説」はどこ行ったのよ?
そうじゃった、そうじゃった。

まだまだ先があるって言ってたよね。
うん。ちょーりっぱさんは「野比のび太天才説」どう思った。

う~ん。
う~んって感じ?

要するに、のび太くんは(1)実は学力が高くて、(2)反射神経も良くて、(3)度胸もあって、(4)芸術的センスもあって、(5)人間性も優れているから、天才じゃないかってことだったわよね。
うん。
その中でも、学力っていうか、テストの点数だけにしぼって考えると、のび太くんが天才じゃないかって理由は、(1)むずかしい算数のテストで100点をとったってことと、(2)四回連続で0点をとれたってことなわけよね。
そうだね。
のび太くんって、射撃とかあやとりなんかについては、マンガの中で、つねに優れた才能っていうか、桁違いの才能を発揮するじゃない?
うん。

でもさあ、テストの点数とか学力とかに関しては、マンガの中でも、一貫してないっていうか、振れ幅がすごいじゃない。100点もとるけど、マジでアホなんじゃないかってこともよくあるし。
うんうん。

射撃やあやとりについてはブレないんだけど、学力はブレブレって感じなんだよね。
たしかに、ブレブレだね。

だからさあ、その100点とか0点っていうような極端な点数をとったテスト以外で、のび太くんってどのくらいの成績なのかを知っておきたいかも。

なるほど。

なんか0点ばっかりとってるイメージあるけど。
だったら、のび太のテストの得点に対する、ママの反応を見れば、のび太が普段どのくらいの点数をとってるのかの手がかりになるかも知れない。

それはいいかもね。

まず、のび太が100点をとったときだけど、のび太のママは、答案をみるなりジワ~って涙をながして、”がくぶちにいれてかざりましょう”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.25, 1982, p.77.)って言って、ものすごく感激してるんだよね。

よっぽどうれしかったんだね。
あと、65点をとったときも、のび太のママは”のびちゃんがんばったわね”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.37, 1986, p.149.)って、しみじみとほめてくれるんだよね。

ほうほう。
で、30点とったときも”まあ、三十点もとったの。よかったわね!!”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.20, 1981, p.121)って、ほめてくれるんだよね。

じゃあ、ふだんは30点よりも低いのかな?

でも、単行本の44巻では、ボーナスが出て機嫌が良くて、のび太が0点とっても、気にもとめなかったこともあるから、その日の機嫌とかで、ママの態度にも波がありそうなんだよね。

一概には言えないってことね。

そう。ほかにも、のび太自身のリアクションもあって。単行本の28巻で、出木杉くんやスネ夫が100点だったテストで、のび太は10点とって”思ったよりよかった。”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.28, 1983.)って、言って、ホッとしてるシーンもあるんだよね。

そもそも何点だと思ってたんだろう?

なんか0点を回避できた安ど感だったのかも。

テストによって難易度が違うから、いつも10点とれればいいって訳でもないのかもしれないけど、出木杉くんとスネ夫くんは100点だったんなら、そんなに難しそうでもないけどねえ。

うん。で、次は、実際の点数がどうたったかってことなんだけど。前半の「野比のび太天才説」でも紹介したけど、のび太がどのくらいの頻度で0点をとってるかってことは分かってるんだよ。

そうだったね。
まず、単行本の37巻では、ドラえもんが、”今までは、五回に一回ほどのわりで0点とってたのに、たてつづけに四回0点とくればね・・・”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.37, 1986, p.144.)って言ってる。

うん。

で、42巻では、のび太自身が、”これまでぼくは、五回に一回のわりあいで0点をとってたんだよ。こんどは、九回つづけて点をとったんだよ。わずかだけど。十回めの0点はひさしぶりなんだぞ。”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.42, 1991, p.67.)って言って、ドラえもんに自慢してる。

ふんふん。

この点については、ドラえもんものび太も同じことを言っているので、のび太が、おおよそ、五回に一回のペースで0点を取ってるってことは、まあ事実として認めていいと思うんだよね。

つまり、五回に一回だから、20%の確率で0点をとってるってことね。
うん。でも、これはあくまでも、平均的な値であって、4回連続で0点をとることもあれば、9回連続で0点をとらないことだってあるってことね。

オッケー。

で次に、のび太がテストでとっていた具体的な点数なんだけど・・・

うんうん。

これについては、やっぱり前半の「野比のび太天才説」でも紹介した、ドラえもん研究サイト 「のびダス」の「のび太のテスト」 得点完全リストってのを参考にさせていただきながら、単行本の方でも確認したら、以下のような感じになったんだよね。
- 150点:ドラえもんの道具「サカユメン」による夢の中の出来事
- 100点:実力
- 100点:ドラえもんの道具「能力セット」のおかげ
- 95点:実力(あてずっぽう)
- 65点:実力
- 65点:ドラえもんの道具「時門」で時の流れをゆるやかにして勉強したおかげ
- 30点:ドラえもんの道具「アヤカリン」で他人に幸福を分けてもらったおかげ
- 10点:実力
- 0点:23回

すごい成績ね。

夢だとか、明らかな不正行為とかを除いて計算すると、0点以外が6回で、0点が少なくとも23回だから、0点以外の確率は約21%(=6/29)、0点の確率が約79%(=23/29)ってことになるね。

ふんふん。
で、さっき確認した「五回に一回0点をとる」っていう場合、0点以外が80%(=4/5)で、0点が20%(=1/5)だから。ちょうど真逆の確率になってるんだよ。

なるほど。マンガでは、0点をとる場面が強調されやすいってことね。
そうそう。のび太がよく0点をとってることは事実なんだけど、マンガの中では、実際以上の確率で0点をとってることが多いから、読者も僕たちも、のび太は0点ばっかり取ってるっていう印象を持っちゃうんだろうね。

ゼッタイ私もそれだったわ。
でもまあ、五回に一回は0点をとって、30点とっただけでママが喜んでくれて、10点とってホッとしているんだから、普段の成績はあまりよくないだろうね。

頭がいいとはいえないね。
そうだねえ。

やっぱり、のび太くんは頭がわるくて、100点とったのが、単なる、まぐれだったってことなんじゃないかしら。
たしかに、射撃やあやとりの能力と違って、学力は振れ幅が大きいんだよね。

そうそう。

そう考えると、未来の道具を使いこなせる能力については、ちょっとビミョーで。のび太は、使い方を理解して使いこなすのは早くて、それ自体はすごいんだけど。やり過ぎて失敗したりもするから、かならずしも完璧とはいえないんだよね。

射撃やあやとりほどのレベルではないって感じだね。
そうそう。あとは、どうして、頭がいいのに、わざわざ四回連続で0点をとるのかってことだよね。

そうなのよ、それなのよ。100点とれるから0点とるじゃなくって、100点とれるなら100点とるのが普通じゃない。ママにだってこっぴどくしかられるし。
のび太にとって、ママにしかられるのはメチャクチャ嫌なことだろうから避けたいはずだよね。逆に、ママにほめられるとすごく嬉しいよね。誰だってそうだと思うけど。

昔だったらわからないけど、今だったら、通知表の内容をすごく気にするから、わざわざ0点とるなんて、狂気の沙汰としか思えないわよ。
たしかに、そこがきちんと説明できないと「野比のび太天才説」は成立しにくいね。

そうなのよ。
そういえば、前半の「野比のび太天才説」で、のび太がモルグ・シティで西部のならず者たちを銃撃戦でやっつけた話をしたとき、ちょーりっぱさんは”本当に小学4年生なのかって感じね”って言ってたよね。

うん、だってそうじゃない。ちょっと、すごすぎるわよ。
でも、それがカギなのかも知れない。

どういうこと?
さっきも言ったけど、ドラえもんの世界では、2008年にタイムマシンが発明されたことになってるのね。

現実には、見事に大ハズレね。
のび太は1970年当時10歳だから、2008年だったら48歳になるよね。

うんうん。
もちろん、2008年以前から、のび太は何度もタイムマシンに乗ったことがあるけど、実際にタイムマシンが発明されたら、大人になったのび太はどこに行くんだろう?

やっぱり、ドラえもんのところじゃない?
ドラえもんのところにも行っただろうし、他にもいろいろと行ったかもしれない。

でしょうね。
さっき、ちょーりっぱさんは、タイムマシンがあったら、”当時の日常生活を過ごしてみたいなあ”って言ってたよね。

うん。
大人になったのび太だって、そう考えたかも知れないじゃない。

それはあるでしょうね。
ところで、「入れかえロープ」っていう道具を知ってる?

う~ん、知らないけど、なんとなく名前から推測できそう。
うん。入れかえロープの両端を握った人間の外見が入れ替わるっていう道具なんだよね。

入れ替わるのは、内面じゃなくって外見の方なのね。
そうそう。単行本の15巻で初登場するんだけど、その後も二、三回登場してるから、なかなかの人気道具なんだよ。

へえ。
僕はまだ観てないけど、50周年記念作品の映画「STAND BY ME ドラえもん 2」でも登場するらしいよ。

そうなんだ。
で、この入れかわりロープを使って、大人になったのび太が、子どもの頃ののび太と入れ替わって、現代で小学4年生として生活してても、本当の10歳ののび太とは、誰も見分けがつかないよね。

そうね。
それでも、中身はやっぱり大人なんだよね。

そりゃそうでしょ。
知力も精神力も。

うん。
大人だったら、小学4年生のテストで100点をとることも、四回連続で0点をとることも簡単にできちゃう。

えっ?
西部での、ならず者たちとの銃撃戦だって、小学4年生の男の子がやったと考えるよりは、子どもの頃から射撃のうまかった大人の男性がやったと考える方が無理がないよね。

・・・・・・・・・・・・。
あと、映画原作の「大長編ドラえもん」の中で、たまに、のび太が大人びた言動をすることがあるじゃない。一皮も二皮も向けて、急に成長したような。

うん。
ほとんどの人たちは、あれは映画だから特別なんだって考えているかも知れないけど、それじゃあ一貫した理屈にはならない。もしかしたら、「大長編ドラえもん」のうち何回かは、10歳じゃなくて、大人になったのび太が10歳のふりをしているだけなのかも知れないよ。

ええっ!!
さっき、ちょーりっぱさんは、”射撃やあやとりについてはブレないんだけど、学力はブレブレって感じなんだよね”って言ってたよね。

うん。
本当は、ぜんぜんブレてないのかも知れないよ。

どういう意味?
少年の頃ののび太は、やっぱり、われわれの今までのイメージ通りの子どもだったんじゃないかってこと。

ほう。
で、振れ幅の大きい、頭がいいときののび太は、実は、昔をなつかしんで、タイムマシンで過去に戻ってきた大人になったのび太が、少年のふりをしているだけなのかも知れないっていうのが、僕の仮説なんだよね。

つまり、「野比のび太天才説」の正体は、大人になったのび太が子どものふりをしていたってこと?
そう考えると、少年のび太が天才だったっていう仮説よりも、いろいろとうまく説明がつくんだよ。ふだんはダメダメなのび太が、なんで、たまにすごい能力を発揮するのかについて。

たしかに。
実は、「入れかえロープ」以外にも、「タイムふろしき」でもいけるかもって考えたんだけど、それだと、見た目だけじゃなくて、知力とか精神力とかも子どもに戻っちゃうから、うまくいかないんだよね。

そうなんだ。
あとさあ、たとえば、単行本の24巻で、のび太が、”声というのはつまり音だ。音は一秒間に空気中を三百…何十メートルだったか走るんだ”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.24, 1985, p.8.)って言ってるシーンがあるんだけど。音速については中学校で習うことだし、少なくとも、テストで五回に一回0点をとっている小学4年生のセリフとしては、ちょっと不自然じゃあないかな。

たしかに、音が一秒間にどのくらい進むかなんて、パッとは出てこないわね。
でも、大人になったのび太が、入れ替わっていたときのセリフだと考えると、とくに不自然でもなんでもないんだよ。

じゃあ、テストの点だけじゃなくて、未来の道具をすぐに使いこなせるようになるっていうのは、どうやって説明するの? ドラえもんの連載中、毎回、大人になったのび太くんが、小学生のふりをして、使ってたってこと?
それはやっぱり、ホンモノの10歳ののび太が使いこなしていただんじゃないかな。

でも、それが「野比のび太天才説」の根拠の一つだったんだから、それだと話が矛盾しないかしら?
「ドラえもん」っていう話自体が、未来からきた大人になったのび太が、入れえロープを使って少年の姿になって、自分の少年時代をもう一度過ごしていくっていうストーリーだっていうのは興味深いけど、それはさすがに無理があるんじゃないかな。入れ替わるのは、あくまでも、たまにだと思うよ。

どうして?
うん。一つは、「ドラえもん」のストーリーの中で、のび太が天才じゃないかと思えるような優れた言動をすることは珍しくて、基本的には、頭がわるい描写が多いでしょ。

そうね。
たまに入れ替わっているだけなんだったら、その珍しい行動のときだけ大人になったのび太と入れ替わっているってことで説明できそうだけど、常に入れ替わっているんだとしたら、のび太の頭のわるい行動や子どもっぽい言動のすべてについて、なぜ、大人ののび太がそんな行動をとったのか説明できないといけないじゃない。

それは難しそうね。
あと、ずっと入れ替わっているとしたら、逆に、その間ずっと、ホンモノの10歳の方ののび太はどこに行って、何をしていればいいのかってことが問題になるんだよ。だって、ずっと入れ替わってたら、本来、義務教育の小学校に行くべきのび太が学校に行けないじゃない。

ああ、そうか。
ドラえもんや大人になったのび太が、そんなことさせる訳がないから、入れ替わるのは、あくまでも、たまにだと思うんだよね。

なるほど。
あと、道具をすぐに使いこなせるのは、大人の方じゃなくて、子どもののび太でないとおかしい理由があるんだよ。

えっ、そうなの?
入れかえロープを使うんだから、その時は、やっぱり、お互いの協力が必要じゃない?

そりゃそうね。
じゃあ、大人になったのび太(未来のび太)が、子どものふりをして、小学校に行ってしまったとき、少年の方ののび太(過去のび太)はどこにいると思う?

まあ、どこに行ってもいいんじゃない?
おそらく、「未来のび太」と「過去のび太」は、時空間的にも、入れ替わってるんだと思うんだよね。二人が同じ時空間に存在しないっていうのが、科学的には一番安全じゃない。

なるほど。未来のび太が、本来いた時代に行ってるってことね。
うん。それでもいいんだけど、未来のび太と過去のび太の二人が、同じ時空間に存在しなければいいんだから、もうちょっと先の、ドラえもんやセワシくんのいる22世紀の未来に行っているかも知れない。

つまり、過去のび太は、未来の世界で大人のふりをしてるってこと?
そうじゃないかなあ。

でも、大人が子どものふりをするのは簡単だけど、子どもが大人のふりをするのは、相当に難しいんじゃない?
うん、さすがに、仕事とかの役割を入れ替えるのは無理があるし、その必要はなくて、単に、大人の姿になって、未来の世界をいろいろと楽しんでいればいいんじゃない。
じゃあ、未来のび太の仕事やなんかはどうするの?
入れ替わるのは、未来のび太の仕事がない休日でもいいし、タイムマシンがあるんだから、出発した時間と同じ時間に戻ってきたっていいんだよ。そこらへんはまあなんとでもなる。
なるほど。
あと、ちょっと過去や未来で過ごす時間が長くなり過ぎたら、タイムふろしきを使って、その分、若返ればいいっていう裏技もあるよね。
ほうほう。
あと、大人になった未来のび太が、過去をなつかしむだけじゃなくって、少年の方の過去のび太にも、入れ替わることで、何かイイことがなくちゃいけないと思うんだよね。

そうね。
さっきの話じゃないけど、未来の世界がどうなってるのかを、いろいろと見てまわるのって、やっぱり楽しいと思うんだよね。昔の万博みたいな感じでさ。

なるほど。
小学生にとっては、最高の社会勉強になるんじゃないかな。

だから、ドラえもんも、たまになら小学校を休んで、入れ替わることを許してくれてるのかもね。
で、それこそが、頭がよくないはずの10歳ののび太(過去のび太)が、未来の道具を簡単に使いこなせる理由でもあるんだよ。

どういうこと?
つまりね。のび太は、大人になった自分自身と入れ替わることで、未来の世界に行って、しばらく過ごしている訳だよね。

そうね。
そしたら、当然ながら、しょっちゅう、未来の道具を触っているはずなんだよ。みらいデパートとかに行ってるかもしれない。

ああ、そうか。
異なる時代の道具を使うことは難しいかも知れないけど、のび太は何度も未来の道具を使うことで、未来の世界の道具の使い方に慣れてしまったんじゃないかな。

でも、初めて使う道具もあるでしょう?
もちろんそうだけど、未来の道具を使ったことがあるのと、ないのとでは大違いだし、似たような道具を使ったことがあるのかも知れない。そもそも、のび太の手先の器用さは、あやとりや射撃でも証明済みじゃない。

なるほど。
あと、ちょーりっぱさんが言ってくれた、未来の世界のユニバーサル・デザインの進展っていう可能性もあるかも知れないしね。

そうねえ。
だから、一度使って見せられただけで、あっさり使えるようになっちゃうんだけど、のび太自身は10歳の少年でしかないから、使い方が適切でなかったり、やり過ぎたりして失敗するんだよ。

そういうことね。
もしも、毎回、道具を使っているのが、大人になった未来のび太なら、そうはならないでしょ。適切な使い方をして、やり過ぎず、ハプニングも起こらず、「ドラえもん」のマンガも、ずいぶんとつまらないものになっちゃうかもね。

なるほど。
だから、やっぱり、道具を使いこなすのは、少年の方の過去のび太じゃなくちゃおかしいんだよ。

なるほどねえ。
あと、「野比のび太天才説」については、「ドラえもん」の作中に、いくつかの注目すべき反証あるんだよね。

そうなの?
一つは、単行本の15巻で、「人生やりなおし機」っていう道具を使って、小学四年生ののび太が、知力も体力もそのままで、4歳児になるっていう話があるんだけど・・・

ふんふん。
そのとき、のび太が天才4歳児だってことで、天才教育研究会ってところの人がテストをしたら、体力も知能も小学2年生程度だって判定だったんだよ(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.15, 1978.)。

なるほど。
まあ、当時のテストの信頼性はともかくとして、少なくとも、その専門家は、実際は小学4年生ののび太を、小学2年生並みの知能の「低さ」だって判定したんだよね。これが第一の反証。

要するに、バカってことね。
うん。あと、単行本の8巻で、どんなものでも正確に数値化してくれる「正かくグラフ」っていう未来の道具を使って、みんなの頭の良さをグラフ化するって話があるんだけど・・・

ふんふん。
しずかちゃんが12、スネ夫が7、ジャイアンが4、のび太が2っていう数値だったんだよね(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.8, 1975.)。

のび太くんはしずかちゃんの6分の1なのね。悲しいわ。
つまり、現代の知能テストよりは信頼性の高そうな、未来の道具を使っても、のび太は四人の中で一番、頭がわるいって判定されてるんだよ。これが二番目の反証。

ふ~ん。
で、「野比のび太天才説」の最大の反証は、もしも、のび太が天才なんだったら、そもそも、セワシくんとドラえもんは、未来からのび太のところになんか行ってないんだよ。

たしかに。
のび太がダメダメな子どもだったから、未来から、わざわざ子守りロボットのドラえもんを送り込む必要があったってことでしょ。

うん。
のび太が天才なんだったら、ドラえもんを送り込む必要なんてないから、「ドラえもん」っていうマンガは、そもそも始まっていないってことになるんだよ。

なるほどねえ。たしかに、最大の反証ね。
でしょ。

すっかり「野比のび太天才説」を信じちゃうところだったわよ。
「野比のび太天才説」よりも「野比のび太、たまに大人になった自分自身と入れ替わってる説」の方が、今のところ、可能性が高いと思うんだよね。

最初は熱心に主張してた「野比のび太天才説」を否定する訳ね。
でも、のび太の学力の振れ幅の大きさに気づかないと、ここまでたどり着かないんだから、「野比のび太天才説」は、最初に検討して、その限界を見極めるべき仮説だったんだよ。

光の「エーテル説」みたいなものかしら?
そんな感じ。これが、僕が最初に言った、大人になって改めて「ドラえもん」を読むことの楽しさなんだよね。

たしかに、大人の視点だと、いろいろと楽しいことが見えてくるね。
でも、突き詰めて考え過ぎると、矛盾だらけになっちゃうんだけどね。

そうなのね。
あと、ちょーりっぱさん、一つ忘れものをしてるよ。

なによ?
未来のび太が、過去のび太と入れ替わったときに、何で、わざわざ四回連続で0点をとったりしたのかってことだよ。

ああ、そうよね。たしかにそうよ。なんでそんな無茶苦茶なことするのよ?

実は、のび太が天才だったとしても、わざと0点ばっかり取るようなヤバいヤツだったら、やっぱり、セワシくんはドラえもんと過去に来ていたかも知れないよね。

そうね。

たとえばさあ、僕たちって、昔のことなんて、ほとんど忘れちゃってるじゃない。

人間は忘れられる生き物なのよ。
でもさあ、さすがに特別なことは覚えているじゃない。

まあね。
特別に楽しかったこととか、特別に悲しかったこととか、特別につらかったことなんていうのは、やっぱり覚えてるもんじゃない。

そうね。
前半の「野比のび太天才説」で、四回連続で0点をとって、ママの逆鱗に触れたって話をしたとき、ちょーりっぱさんは”トラウマになりそう”って言ってたよね。

うん。
だから、いくら大人になったのび太でも、さすがに、小学校4年生のとき、四回も連続で0点をとったときのことは、はっきりと覚えてると思うんだよね。

まあ、忘れられない思い出でしょうね。
じゃあ、大人になった未来のび太が、過去に戻って、10歳のふりをして小学校生活を過ごしていたとき、あの四回連続0点をとったときのテストが始まったとしたら、どうすると思う?

どうするって・・・せっかく入れ替わってるんだし、今度は頑張って、100点とっちゃうかも。
いや、そんなことをしたら、過去を変えることになってしまって、タイムパラドックスが起きちゃうよ。

あ、そうだ。
ちょーりっぱさんもさっき言ってたじゃない。

そうだったね。
だから、大人になった未来のび太は、それを思い出して、わざと四回連続で0点をとったんだよ。

なるほど。
もちろん、大人だから100点をとることも可能だったけど、過去の出来事を変えないために、敢えて0点をとるしかなかったんだよ。過去の自分がママにしかられることも覚悟の上で。

それが動かすことのできない歴史的事実だから、仕方ないってことか。
過去は変えてはいけないってことに、きちんと気づいて行動しているっていう点でも、タイムリープに慣れている、大人になったのび太の仕業って気がするんだよね。

それもそうね。
逆にいうと、100点をとったときもそうなんだよ。

たしかに、五回に一回0点をとってるのび太くんが、100点をとることなんて、それこそ、めったにないから記憶に残ってるってことね。
大人になった未来のび太は、このときは、思いっきり素晴らしい100点満点の答案を作成することができはたずだよ。

なるほど。

前半の「野比のび太天才説」でも言ったけど、100点をとったとき、のび太は、”ええっ!? ユメじゃないか・・・・・・。何べんみても百点だ”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.25, 1982, p.69.)って言って、先生のところに走って確認しに行っているんだよね。
そうだったね。

あのとき、ちょーりっぱさんは”ちゃんと勉強したんだから、そんなに疑うことないのにね”って言ってたけど、まさにそうなんだよ。
どういうこと?
自分できちんと作成したテストの答案だったら、そんなに何度も見直す必要もないし、先生に確認をとりに行く必要もないじゃない。単に、喜べばいいだけでしょ?

うん。
のび太にとって100点をとるってことは、すごく珍しいことだから、まずは驚いただろうってことは想像に難くないんだけど、その後、「喜び」よりも「疑い」の方が先にくるっていうのは、ちょっと不自然なリアクションじゃないかな。

たしかに。
つまり、テストを受けたときは、大人が子どもの姿になった「未来のび太」で、テストを返してもらったときは、本当の10歳の「過去のび太」だったんじゃないかと思うんだよ。

なるほど。
だとすると、自分で解いたテストじゃないから、100点をとったっていう現実を、ぜんぜん信じられなくて、まずは疑ったってのは自然な反応になるんだよ。

うんうん。
ある意味では、入れ替わってくれている子ども時代ののび太に対する、大人になったのび太からのサプライズ・プレゼントなのかもね。

そうするしかなかったプレゼントね。
タイムマシンの存在する世界で、ふだんは五回に一回0点をとっているような学力の低い子が、それなりに難しい算数の計算問題で、完璧な答案を作成して100点をとったことについての、いちばん辻褄のあう仮説ってこれじゃないかなって思うんだよね。

う~ん、なんとなく納得してしまった。
でしょ。

でもさあ、少年の頃ののび太の能力では、四回連続で0点をとることも、あの算数のテストで100点をとることも出来なかった訳じゃない?
うん。
で、大人になったのび太は、少年の頃の経験を思い出して、その事実を変えないようにするために、わざと四回連続0点をとったり、算数のテストで100点をとったりしたんだよね?
そうだね。

じゃあ、一番最初に四回連続で0点をとったり、算数のテストで100点をとったのは誰なんだろう?
なるほど。

よく分からないなあ。
それは「ライオン仮面のパラドックス」っていって、「ドラえもん」の中で、のび太自身が悩んだ問題なんだよね。

そうなんだ。
単行本の3巻の「あやうし! ライオン仮面」っていう話の中で、「ライオン仮面」っていうマンガを連載しているフニャコフニャ夫先生が、翌月の展開を思いつかないで困っているところに、タイムマシンで来月の連載を見てきたドラえもんが、作者のフニャコ先生自身に、つづきの話を教えてあげるっていうストーリーなんだよ。(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.3, 1974, p.5-17)

ほうほう。
そうすると、そもそも一番最初に「ライオン仮面」のつづきの話を考えたのは誰なんだっていう問題にぶち当たるんだよね。

さっきの話と似てるね。
そうなんだよ。で、のび太自身がそのこと気づいて悩んじゃうっていうのが、この回のオチなんだよね。

ふ~ん。
典型的なタイムパラドックスだね。

なるほどね。
ちなみに、大人になったのび太が、子どもの頃ののび太と入れ替わるっていう仮説を裏付けるような話を、藤子・F・不二雄先生自身も描いているんだよ。

そうなんだ。
小学館のてんとう虫コミックスの「ドラえもん」は1巻~45巻で全45巻なんだけど、のちに、0巻っていうのが発売されてるから、それを入れれば、全46巻になるのね。

うん。
でも、すべての話が単行本化されている訳じゃなくて、45巻が出た後に、単行本未収録のうち、いくつかの作品が「ドラえもんプラス」として、2005年から刊行されてるんだよね。

へえ。
お恥ずかしながら、僕はそっちは読んだことなかったんだけど、こないだ、初めて読んだんだよ。

ほう。
そしたら、「ドラえもんプラス」の第五巻に「45年後……」っていう作品があって・・・

うんうん。
それがまさに、大人になった未来のび太と、少年時代の過去のび太が入れ替わるって話だったんだよ。

そうなんだ。
驚くほど似た話なんだよね。

どんな話なの?
45年後の55歳になったのび太が、10歳ののび太のいる時代にやってきて、入れかえロープを使って、二人が入れ替わるんだよ。

まんまね。
55歳ののび太は、10歳ののび太に対して、”遠い昔に読んだ本をもう一度よみ返してみたい・・・・・・、そんな気もちかな”(藤子・F・不二雄. ドラえもんプラス. vol.5, 2006, 186.)とかって言って、入れ替わってもらうんだよね。

それで未来のび太は、過去の世界を満喫するのね。
そうそう。

で、その時、過去のび太は未来に行ってるの?
いや、この時は、大人の姿になった過去のび太も、そのまま一緒に行動するんだけどね。

なるほど。
で、未来のび太は、いつも通りの「のび太的な生活」を過ごすんだけど、野球で負けても、ジャイアンに怒られても、少女時代のしずかちゃんに出会っても、ママにしかられても、とにかく懐かしくて、うれしくて仕方ないって感じなんだよね。

でしょうねえ。気持ちは分かる。
で、未来のび太とのお別れのとき、過去のび太は、”いつでもまたいらっしゃいよ”(藤子・F・不二雄. ドラえもんプラス. vol.5, 2006, 190.)って言うんだよね。

ほう。
そしてその約束が果たされたとしたら・・・

パターンの仮説通りになるって訳ね。
そう。つまり、「45年後……」での入れ替わりがきっかけになって、その後、たまに、未来のび太と過去のび太が入れ替わっていたんじゃないかって思うんだよね。

その可能性はあるね。
ちなみに、別れ際での、大人になった未来のび太のセリフが、ちょっと感動的なんだよね。

どういうの?
”きみはこれからも何度もつまずく。でもそのたびに立ち直る強さももってるんだよ”(藤子・F・不二雄. ドラえもんプラス. vol.5, 2006, 191.)って言って、過去の自分を励まして未来に帰っていくんだよ。

へえ。
つまり、のび太はけっして天才なんかじゃなくて、ダメダメな少年だったんだよ。「ドラえもん」っていうマンガは、そんなダメダメなのび太が、ドラえもんや仲間たちと一緒に、大きく成長していくんストーリーなんだと思うんだよね。

で、やがて、憧れのしずかちゃんに相応しい、大人の男性になっていくってことね。
うん。しかも、のび太は、少年の頃から、未来の道具を使ったり、未来の世界のことをいろいろと知っている訳だから、社会人になったとき、ものすごく有為な人材にになったと思うよ。それこそ天才レベルで。

たしかに、ちょっとずるいけど、未来のことを知ってるって、ものすごい特殊能力よね。
だから、小学生の頃からの伸びしろも、ずいぶんと大きかったと思うんだよ。

野比のび太の伸びしろって、「のび」が何回でてくるのって感じね。
以上が「野比のび太天才かと思ったら、実は、たまに大人になった自分自身と入れ替わってて、結局、最後には、本当の天才になったかも説」だよ。

なるほどね~。
ちなみに、藤子・F・不二雄先生は「みきおとミキオ」っていう、未来と現代に生きる瓜二つの少年同士が入れ替わる名作マンガも描いているんだよね。

そうなんだ。
過去と未来の異文化ギャップをあつかってて、すごくおもしろいよ。

パターンの話もおもしろかったよ。
こちらこそ、長い話に付き合ってくれてありがとう。

それにしても、「ドラえもん」だけじゃなくって、たくさんの素晴らしい作品を世に送りだしてくれた藤子・F・不二雄先生って本当にすごいマンガ家なんだね。
いやもう、それだけが言えればいいって感じ。
9. おわりに

気づいたら、この記事も既に1万6000字を超えてて、前半と後半をあわせたら、今回の記事は余裕で3万字を超えてるよ。
klisなら、卒論の2倍以上の分量だね。

内容はともかくとして、分量だけならね。
でも、対話形式の卒論があってもいいじゃない。

哲学とかなら全然ありだよね。
ありよりのあり。

ありをりはべりいまそがり。
ということで、今回もきっちりklisに触れることができたぞ。

第二のklis Advent Calendar 2020 もこの記事が最後の日だしね。
それじゃあ、そろそろおしまいにしようか。

そうだね。
それではみなさん、よいクリスマスと年末年始をお過ごしください。

2020年はいろいろとありましたが、2021年がみなさんにとって素晴らしい一年となりますように。

また、どこかでお会いしましょう。さようなら。

バイバイキーン!!
は~ひふ~へほ~!!


なんで最後の最後に「千と千尋」なのよっ!!
~おしまい~
野比のび太天才説
1. はじめに
みなさん、こんにちわ。klis48のいけぴ将軍です。
これは klis Advent Calendar 2020 の12月24日(木)の記事です。
メリークリスマス
klis年末の恒例行事を引き継いでくださったてっつーさんどうもりがとうございます。
いま世間は「鬼滅の刃」一色という感じですが、今年2020年はドラえもん50周年ということで、「ドラえもん」ののび太くんに関する記事を書きました。

2. 登場人物紹介

パターン(CV:花江夏樹)
klisの授業中に黒板の上に突如爆誕したエメラルドグリーンの妖精。ユニコーンやペガサスや龍の仲間で、決してカバではない。
今はエビフライの着ぐるみを好んで被っているが、どうせそのうち飽きるに違いないと、オレの親父の息子が言っていた。

ちょーりっぱさん(CV:花澤香菜)
超立派なライブラリアン。ちなみに「ちょーりっぱ」のイントネーションは「超立派」ではなく「キューピッド」と同じ。
パターンのような人外の生物と仲良くなることのできる特殊能力を持っているが、それが役に立つ日は永遠に来ないと、オレの兄貴の弟が言っていた。
注:CVはただの妄想です。
3. 本題

こないだ、すごい名作アニメを見つけたんだよね。

興味ないね。

しくしく、しくしく・・・

うそうそ、ごめんごめん、興味あるある。なになに?

たぶん、聞いたことないと思うんだけど。

なんとかの二期とか三期とかじゃなくて、新しいアニメ?

「サザエさん」って知ってる?

聞いた私がバカだった。

知ってんの?

日本人ならだいたい知ってるぞ。お前はどこの国の妖精だ?

じゃあ「サザエさん」のアニメって見たことある?

そりゃあるよ。日曜日にやってんじゃん。

DA・YO・NE

あれってさあ、むかしは火曜日にも再放送やってたんだよね。年齢がバレちゃいそうだけどさあ、えへへ。

へー。

でさあ、森茉莉さんのエッセイの中でさあ、紅茶が大好きなんだけど、カフェインが入ってて、体に良くないって聞いてから、”一週間に二度、「サザエさん」がある日だけ、ミルク紅茶を飲むことにしている”(森茉莉著,. 早川茉莉編.「紅茶と薔薇の日々」筑摩書房. 2016, p.158.)っていうくだりがあってさあ。そこが大好きなんだよね、私。
へえ。じゃあさあ、長谷川町子先生の描いた「サザエさん」の単行本って読んだことある?

ないね。

DA・YO・NE

NA・I・NE

ちなみに、僕は全巻読んだことあるんだよね。

何巻まであるの?

いろんな版があるんだけど、オリジナルの姉妹社版だと68巻だったかな。

すごいね。

アニメと違って、タラちゃんが波平にブチ切れるシーンがあったりして、別の意味でも、おもしろいんだよね。

そんなのアニメで放送したら、日曜日のお茶の間は騒然とするね。

あと、戦前から、掲載紙の変更や休載をまじえつつ、1970年代まで連載してたから、昭和の風俗史として読んでもおもしろいんだよね。

いいね。

じゃあさあ、「ドラえもん」のアニメは見たことある?


木村昴さんって言えば、先代ジャイアンのたてかべ和也さんから役を受け継いだときの、「ドイツ、ライプツィヒ生まれの14歳の中学生」っていうプロフィールが衝撃的だったなあ。

まさかの中学生を大抜擢で、しかも、ライプツィヒ生まれだもんね。

しかも、デビューしたら、めっちゃジャイアンだったんだよね。驚いた。

そうだねえ。

もう30歳なんだって。


山田太郎?

それは、ドカベン。

福士蒼汰?

それは、壁ドン。

いねむりポケモン?

カビゴン。

お金を食べる怪獣?

カネゴン。

「さばいていくっ!」「銀色のヤツ!」

かねこ(きまぐれクック)。


たぶん、えなこ。

きっと来る~、きっと来る~♪

貞子(さだこ)。

「おうち、焼けてしもうたん?」

節子~、節子~!!

「電気を大切にね!」

それはたぶん、TEPCO(テプコ)のでんこちゃん。

「さあさあ、新学期が始まるから、子どもの持ち物に名前のラベルを貼っとかないと。」

それは、テプラ。

「大将っ、カラッと揚げる秘訣とかあるんですかね?」

天ぷら。
じゃあさあ、藤子・F・不二雄先生の描いた「ドラえもん」の単行本は読んだことある?

それはなんだっ!? 「タケコプター」か???
だからさあ、藤子・F・不二雄先生の描いた「ドラえもん」の単行本は読んだことある?

ああ、とつぜん元の会話に戻ったのね。あるよ、あるある。
いつごろ読んだか覚えてる?

小学生のときかなあ。ウチにもあったし、児童館にも置いてあったし、おもしろかったよね。みんなで回し読みしてた。

僕もそうなんだよね。やっぱ「ドラえもん」ってさあ、ファンタジーの世界にどっぷりハマれる子どもの頃に読むのが一番おもしろいと思うんだよね。

そういえば、小学校以来、マンガの方は読んでないかも。アニメはちょこちょこ見ることあったけど。
フツーそうかもね。

学年が上がると、だんだん読むものが変わっていってさあ。小学校高学年になるとラブコメとか小説とかのおもしろさにハマり出すのよ。

でもさあ、大人になって改めて「ドラえもん」読んでも、結構おもしろいよ。

へえ、今でも読んでんの?
バリバリ読んでる。バリバリ伝説。

はやく大人になりなさい。

「子どもの頃のような好奇心を忘れないでいたいものだ」って、オレのおじいちゃんの孫が言ってた。

まあ、なつかしくていいのかもね。

いや、大人になって読むと、新しい発見があったりして、また違ったおもしろさが見えてくるんだよ。

そういうものなの?

そういうものなの。

へー。

じゃあさあ、ジャイアンってどういうイメージ?

歌がちょーヘタクソ。

スネ夫は?

ヘアースタイルが異常。


ボクシングやってるお笑いの人。


ごめんごめん、ちょっとボケてみたかっただけよ。

でもたしかに、マンガだと「しずちゃん」だけど、アニメだと「しずかちゃん」なんだよね。

今だと、世間的には「しずかちゃん」だと思うよ。

じゃあ、しずかちゃん。

キムタクの妻。

たしかに、そうだけれども。そうだけれども、工藤静香さんを「しずかちゃん」って呼ぶ風習はあまりないでしょう。

ごめんごめん、もう一回だけボケてみたかったのよ。次からは、すごくマジメになるわよ。

じゃあ、しずかちゃん。

しょっちゅう、お風呂に入ってる。

カミナリさん。

しょっちゅう、窓ガラス割られて怒ってる。

小池さん。

しょっちゅう、3密を回避させようとする。

それは都知事の方の小池さんね。僕が言ってるのは髪の毛がモジャモジャの方の小池さん。

しょっちゅう、みどり色の服を着てる。


そういえば、今年の「新語・流行語大賞」のノミネート語に「3密(三つの密)」も入ってたね。(※12月1日追記:「3密」が新語・流行語大賞に選ばれたそうです。)

でも、コロナ関係のコトバがいっぱい入ってた割には、「コロナ」自体は入ってなかったよね。

なんかちょっと配慮したのかもね。

じゃあ、今年の漢字は何になると思う?

う~ん、あれは純前たる投票数の多さで決まる方式だったと思うから、やっぱり「密」とか「禍」とかかなあ。

なるほどねえ。

まあ、いずれにせよ、この記事が公開される頃にはもう決まってるね。(※12月14日追記:「密」が今年の漢字に選ばれたそうです。)

じゃあ、話を戻して、ドラえもんのイメージは?

どら焼きが好きで、ネズミが嫌い。

じゃあ、「究極の選択」ね。

なにそれ?

「ネズミ型のどら焼き」と「どら焼き型のネズミ」。どっちかをゼッタイに食べなくちゃいけないとしたら、どっちを食べる?

「どら焼き型のネズミ」とか、ヘンな想像させないでくれる?

むかし、こういうのが流行ったんだよ。

品がないわね。

じゃあ、出木杉くんのイメージは?

頭がいい。

のび太くんは?

頭がわるい。

「頭がわるい」以外にもなんかある?

射撃の天才とか、あやとりの天才とか、メガネとか、いろいろとあるっちゃあるけど、やっぱり頭がわるいってのが一番最初にパッと出てきちゃったなあ。申し訳ないけど。

たしかに、<のび太>=<頭がわるい>っていう図式は、日本中にかなり浸透してる感あるよね。

偏見かも知れないけど、しょっちゅう0点とってるイメージあるもん。

ドラえもん研究サイト 「のびダス」っていうサイトがあって、そこで、「のび太のテスト」 得点完全リストっていうのを作成してくれてるんだけど、マンガの中で、得点が明記されているテストのうちの4/5くらいが0点なんだよね。

つら過ぎるわ。

でも、のび太は算数のテストで、実力で100点取ったこともあるんだよ。長い連載の中で一回だけだけど。

へー。

単行本の25巻に掲載されてる「な、なんと? のび太が百点とった?」っていう話なんだけど、たまたま偶然とかじゃなくて、小学4年生にしては、そこそこ難しい算数の問題で、計算のプロセスも含めて、文句なしの100点満点なんだよ。
これについては、のび太の学力を知るためのポイントでもあるので、テスト内容の分かるコマを引用しておくね。

藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.25, 1982, p.69.

なるほど。分数とか少数の面倒な計算をきちんと解いているのね。

そう。仮分数もきちんと帯分数にしてるしね。
よく見たら、中学校で習うはずの一次関数もあるじゃん。すごいね。

そうなんだよ。小学校では一次関数やらないから、わざわざ、つるかめ算を使ってるのにね。
う~ん。

このときは、のび太も”ユメじゃないか”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.25, 1982, p.69.)って言って、何度もテストを見直して、先生に確認に行ってるんだよね。

ちゃんと勉強したんだから、そんなに疑うことないのにね。

まあね。

でも、のび太くんにとっては、100点っていうのは特別だもんね。

うん。で、夢の中で150点とったり、ドラえもんの道具を使って不正に100点とったりしたこともあるんだけど、そういうのじゃなくて、ちゃんととった点数で、100点の次に高いのは95点なんだよね。

のび太くんも、結構がんばってんのね。

いや、でもこのときはね。のび太はテストが全然わからなくて、あてずっぽうで答えを書いたんだよ。本人も”偶然というものはおそろしい”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.36, 1986, p.21.)って言ってんだよね。

すごい偶然だね。

すごい確率だよね。

でもまあ、小学4年生のテストだったら、選択式の問題とかもあるだろうから、科目や単元によっては、あてずっぽうでも、何点かはとれるかもね。

たしかに、名前の書き忘れとかで、0点にされることはあるかも知れないけど、小学4年生のテストをガチで問いたら、0点を取る方が難しいかも知れないね。

勉強してなくても、一問か二問くらいは、なにかしら正解しそう。

で次に、のび太が実際にどのくらい0点を取ってるかなんだけど。

そんなこと分かるの?

うん、だいたいね。単行本の37巻に「のび太の0点脱出作戦」っていう話があって、その中で、ドラえもんが”今までは、五回に一回ほどのわりで0点とってた”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.37, 1986, p.144.)って言ってるシーンがあるんだよね。

五回に一回に0点かあ。さすがというかなんというか・・・

あと、単行本の42巻の中でも、やっぱり、のび太自身が”これまでぼくは、五回に一回のわりあいで0点をとってた”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.42, 1991, p.67.)って言ってるんだよ。

ほうほう。

ちなみに、さっきの「のび太の0点脱出作戦」では、四回連続テストで0点とってるんだよね。

四回連続0点ってのはちょっと驚異的ね。

のび太のママは、いつもだったら「のび太っ!!」とかって、叱るんだけど、この時だけは、怒りのあまり言葉を発することすら出来なかったんだよ。

トラウマになりそう。

その一方で、さっきの算数の問題では100点をとったりもするんだよね。

まぐれじゃない?

いや、あれは計算プロセスもきちんと書いているから、まぐれでは無理だと思うよ。

カンニングでもないだろうしね。
のび太ってそういう子じゃないし、ドラえもんの世界観では、ちょっとありそうにないね。

まあ、頭の良さって、必ずしもテストの点数だけってわけでもないしねえ。

じゃあ、一旦テストの点数の話は置いといて、別の観点から見てみよう。

別の観点って?

たとえば、「ドラえもん」のストーリー展開ってだいたいどんな感じ?

ストーリー展開?

そうそう。

う~ん、まあ、だいたいのび太くんに、なにか困ったことが起こって、それを解決するために、ドラえもんが未来の道具を出してくれて、のび太くんがそれを使って、最初はうまくいくんだけど、やり過ぎて失敗したり、ときにはハッピーエンドになったりっていう感じかなあ。

うん、ボクもだいたいそんな感じだと思う。世界最高の信頼性を誇る情報源であるところのWikipediaの「ドラえもん」の項目にも似たようなことが書いてあったよ。*1
一話完結の基本的なプロットは、「ドラえもんがポケットから出す多種多様なひみつ道具(現代の技術では実現不可能な機能を持つ)で、のび太(以外の場合もある)の身にふりかかった災難を一時的に解決するが、道具を不適切に使い続けた結果、しっぺ返しを受ける」というものが多く

世界最高の信頼性はダテじゃないわね。

で、ちょっと話がそれちゃうんだけど、ドラえもんって2112年の9月3日に生まれるのね。

ずっと話がそれまくってたの気づいてた?
海よりも深く反省。

いいから、続けてちょうだい。
「ドラえもん公式調査ファイル てんコミ探偵団」(小学館ドラえもんルーム編. ドラえもん公式調査ファイル てんコミ探偵団. 2018, p.18-19.)っていう本の考察によると、のび太の孫の孫のセワシくんとドラえもんが、タイムマシンで、初めて、のび太のところに向かったのは、2124年らしいんだよ。セワシくんがのび太と同じ10歳のとき。

一応、公式でそう言ってるのね。

うん。で、ドラえもんの連載開始は1969年12月で、物語の中では、1970年のお正月ってことになるんだよね。

たしかに、今年2020年はドラえもん50周年だもんね。

そうそう。つまり、1970年のお正月に、初めて、のび太とドラえもんは会ってると。

タイムマシンとかがあるから、ちょっとややこしいけど、お互いの主観的体験として、初めて出会ったのが1970年ってことね。

うん。で、単純計算すると、<2124年ー1970年=154年>ってことで、ドラえもんは、154年後の未来から来たってことになるんだよね。

なるほど。
でもさあ、154年後の未来がどうなってるかなんて、まあ、僕たちには想像できないじゃない。

そうね。考えても、ほとんど当たらないでしょうね。

うん。そう思うと、2020年の東京オリンピックの開催と中止を予言していた「アキラ」ってすごいね。

「アキラ」を実写化するときは、ミヤコさまを北条ふとしさんにやって欲しいな。

フツーそこは、マツコ・デラックスさんじゃない? モノマネしてる人の方じゃなくて。

それもそうね。

で、154年後の世の中の変化を予想するのは難しいけど、154年前から今までの変化を確認することは、一応、できるじゃない。

まあ、なんとなくね。

現在から未来の変化はわからなくても、過去から現在までの変化をみてみることで、154年間っていう時間の重みを考えてみたいんだよね。

ふ~ん、1970年の154年前ってこと?

いや、1970年がどんな時代だったかなんて、僕たちには、よく分からないから、現在の2020年の154年前にしよう。

そうすると、<2020年-154年=1866年>ってことになるね。

そうそう。

でもまあ、1866年からの154年間の変化と、2020年からの154年間の変化の仕方が同じだとは到底思えないけど、まあ、あくまでも参考までにってことね。

そうだね。ちなみに、大政奉還が1867年で、明治維新が1868年だから、1866年ってまだギリギリ江戸時代なんだよ。

へー。

ちなみに、1866年っていうのは、ドストエフスキーが「罪と罰」の連載を始めて、ノーベルがダイナマイトを発明した年なんだって。

そうなんだ。

でさあ、仮定の上にさらに仮定の話をして恐縮なんだけど。

気にしないで。
もしも、2020年にタイムマシンがあるとして、

大胆な仮定ね。
それを使ってさあ、僕たちが154年前の1866年にタイムリープしてみるとするじゃない。

うん。

で、自分のおじいちゃんのおじいちゃん(高祖父)に会いに行ってみる訳よ。

で、どうするの?

で、「僕はあなたの孫の孫(玄孫:やしゃご)で、未来からタイムマシンに乗ってやってきました」って言ってみたらどうなると思う?

まず、信じてもらえないでしょうね。

多分、言ってることを理解してもらえないんじゃないかとすら思うんだよね。

でしょうね。

塩まかれるかも。

塩の入った壺かなんかを投げつけられたりして。

で、それとは別に、1866年にタイムリープするときに、ついでに、現代の最先端の機器とか道具をいっぱい持って行っておくんだよ。

どういうものを持ってくの?

まあ、なんでもいいんだけどさ。スマホとかゲーム機とか電卓とか電子レンジとか、なんかこう身近なものでいいんだよ。すごい精密機器とか兵器とかじゃなくていいから。

電気はどうすんの?

それはまあ、電池とか発電機とかを持って行っておけばいいかなと。

なるほど。

で、それをさあ、1866年の満10歳の子どもたちに渡すのよ。

当時は数え年だから、現代風に満10歳ってことね。

そうそう。で、その子たちに、2020年から持ってきた道具を使って見せて、使い方説明して、使わせてみるのよ。

山本五十六さんの「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」てやつね。

で、そのうち何人の子どもが、その道具をすぐに使いこなせるようになると思う?

難しい質問ね。

僕もよく分からないけどさあ。江戸時代の10歳の子どもが、154年後の2020年の先進的な機械や道具を、一度使い方を見せられたり説明してもらっただけで、すぐに使いこなせるようになったとしたら、それはすごいことだと思うんだよね。だって、そもそも、初見では何のための道具かも分からないんだから。

まあそうよね。

そんな子がいたら、それはもう、めちゃくちゃ頭のいい子だと思うんだよ。

たしかに。

えっ、タカアシガニ?

なにが「タカアシガニ」よ。「たしかに」って言ったのよ。

ごめん、いま、すごくお腹がすいてたから。

大ダブルヤサイニンニクマシマシカラカラアブラ。

ごめん、お腹がすき過ぎて、ちょーりっぱさんが、「大ダブルヤサイニンニクマシマシカラカラアブラ」って言ってるように聞こえちゃった。

そう言ったのよ、バカね。

しくしく、しくしく・・・

ラーメン二郎は青春の味よ。

こってり系の青春だったんだね。

あと、小池さんのイメージは「しょっちゅう、ラーメン食べてる」だな。

とつぜん伏線を回収しにきたね。

伏線と貸した金は必ず回収するってのが、我が家の鉄則よ。

「言わせね~よ!!」

この令和の時代に、一体、何人の読者がそのフレーズを覚えているのかしら。

「ズクダンズンブングンゲーム」並みの骨董品だね。

私は「爆笑レッドカーペット」好きだったわよ。

で、のび太の話に戻るんだけど。のび太ってさあ、ドラえもんが出してくれる154年後の未来の道具を、すぐに使いこなしちゃうんだよね。

そういえば、そうね。

しかも、一回とか二回じゃなくて、毎回なんだよ。どんな道具でも、ドラえもんから一度、使って見せてもらって、説明してもらっただけで、その価値を理解して、すぐに使えるのようになるんだよ。使い方に対する質問も的確だし。

なるほど。

もちろん、未来の道具を使って失敗することはしょっちゅうあるんだけど。使い方が分からないんじゃなくて、子どもだから、調子に乗りすぎて失敗するだけなんだよ。基本的な使い方自体は、きっちり理解してるんだよ。

たしかに。

これってすごいことだと思わない? なんてったって小学4年生だよ。

そうだね。

のび太って、僕たちが考えている以上に、すごい優秀なのかも知れない。

う~ん。

まずさあ。僕とかちょーりっぱさんが小学校4年生のときに、目の前に、いきなり同年代の子どもがロボット連れて来て、「僕は未来から来たあなたの孫の孫です」って言われて、それを受け入れられる?

頭がおかしいとしか思わないでしょうね。

でしょ。

私だったら迷わず走って逃げるわ。

でもね、のび太は、最初はめちゃめちゃ驚いてるんだけど、一応、理解して受け入れてるんだよ。

そうだったね。

若いから脳に柔軟性があるのかも知れないけど、これって相当な理解力と想像力がないと無理だと思うんだよね。

たしかに。

でさあ、その存在を受け入れたとしてもね。いろんな未来の道具をすぐに使いこなせるかって話。

う~ん。

のび太ってすごくない?

そうねえ・・・

どう思う?

(一生懸命考えている→)・・・・・・

・・・・・・(←何も考えていない。)

う~んと、まずね。

うんうん。

いきなり、孫の孫だっていう子が、目の前に現れることについては、江戸時代の子と、昭和ののび太くんとでは、大きなハンデがあると思うのよね。

ハンデ?

そう。SF小説に初めてタイムマシンが登場したのが1887年(明治20年)だって言われてて、有名なH.G.ウェルズの「タイムマシン」が出版されたのが1895年(明治28年)なのよ。で、日本では、黒岩涙香さんによる最初の邦訳が1913年(大正2年)に出てるんだって。

なるほど。

つまり、江戸時代の子と違って、のび太くんは、タイムマシンやタイムリープの話を、それまでに、見たり聞いたりしたことがあるかも知れないっていうアドバンテージがあるのよね。

そうだね。

もちろん、だからと言って、未来人の存在を受け入れることが簡単だっていう訳じゃあないから、そういう意味では、たしかに、のび太くんはすごかったと思うよ。

なるほど。

で、未来の道具の話なんだけど。

うん。

こっちはさあ、こう言っちゃなんだけど、やっぱマンガじゃん。

どういうこと?

つまりね。のび太くんが道具を使わないと「ドラえもん」っていうマンガのストーリーが前に進まないじゃない。

ほうほう。

のび太くんが未来の道具を使ってドタバタするのが、ある意味で「ドラえもん」の基本的なストーリーな訳じゃない。そこで、のび太くんが道具を使えなかったら、そもそも話が始まらないんだよね。

なるほど。

やっぱり、四回連続0点とったりすることもあるんだから、知力とか学力っていう点では、のび太くんって頭がわるいと思うのよ。

ほうほう。

つまり、未来の道具をいきなり使いこなせるってのは、マンガのストーリーの展開上、いわば必然性がある訳だから仕方ないんじゃないかしら。

う~ん。

まあ、それを言っちゃうと、身も蓋もないんだけどさ。

う~ん。

あとさあ、あくまでも仮説だけど、未来の社会では、ユニバーサル・デザインがすごく行き届いていて、子どもでもお年寄りでも、誰でも簡単に使えるような道具ばっかりになってるのかも知れないじゃん。

その可能性はかなりあるね。実際に、ドラえもんの道具の中にも、簡単に使えそうな道具もいっぱいあるしね。
「どこでもドア」なんて、ドアノブ回してドアを開けるだけだし。
でも逆にね。僕たちが社会科の授業で習ったような、江戸時代の稲を脱穀するための「千歯扱き(せんばこき)」とか「唐箕(とうみ)」みたいな道具だと、使い方自体がさほど複雑ってわけじゃあないけど、やっぱり、一回使って見せてもらっただけで、現代の小学4年生が使えるかっていうと、それだって、そんなに簡単なことじゃないと思うんだよね。

それはそうかもね。よくわかんないけど。

あとさあ。たとえば、革新的なスマホが発売されるとするじゃない。

うん。

で、使い方も、今までのスマホとぜんぜん違うとするじゃない。

うん。

でも、それって、割とすぐに、みんなが使えるようになりそうなイメージない?

たしかに、あるわね。

でもそれはさあ、同じ時代にスマホってものがあって、まがりなりにもスマホを見たことがあって、それがどういうもので、何のために使うものか知ってて、似たものを使ったことがあったりするから、なんじゃないかと思うんだよね。

なるほどね。

154年も未来とか過去っていうような、全く別の時代の道具だと、そうはいかないような気がするんだよね。

たしかに。

どんなものであれ、ふだん見慣れないもので、そもそも、何のために使うのかも初めて聞くような道具を、いきなり使いこなすのは、小学4年生に限らず、誰にとっても、かなり難しいことだと思うんだよ。

そうねえ。

あと、やっぱり、ストーリー展開の必然性から、頭がわるくても、道具だけは使えるようになってるんだって理屈をを認めちゃうと、この議論自体がそもそも成り立たなくなっちゃうんだよね。

それはその通りだね。

でしょ。

でもさあ、小学4年生のテストで0点をとりまくるってのは、やっぱり、頭がわるいからだと思うのよね。

じゃあさあ、のび太が受けていた小学4年生のテストの難易度って、どのくらいだと思う?

教科や単元によっても違うとは思うけど、のび太くんがあてずっぽうで95点とったこともあるんだから、まあ、そんなにメチャクチャ難しくはないと思うよ。

僕もちょっと書店に行って、小学4年生のテストとかドリルみたいなのを見てみたんだけどさあ。まあ、難しいのもあるけど、簡単な問題もいっぱいあるよね。

それだけに、5回に一回0点とるっていうのは、やっぱり頭が悪いんだと思うのよね。

そこなんだよ。

どこよ?

テストの難易度はともかくとして、答えを全部間違えて、0点をとる確率はかなり低いと思うんだよ。

ってことは、4回連続で0点とる確率は、さらに低くなるわけだから、やっぱり頭が悪いんじゃない。

そこなんだよ。

どこよ?

まさに、そこなんだよ。

だから、どこなんだよ?

さっきも言ったけどさあ。小学4年生が日常的に受けてるテストなんて、あてずっぽうで書いても、もしかしたら、1点や2点はとれるかも知れないし。ましてや、テストに真剣に取り組んだら、たとえ勉強のできない子でも、さすがに何点かはとれると思うんだよ。

たしかに、中学受験のためのテストとかじゃなくて、クラスで受ける日常的なテストだもんね。

でも、のび太は四回連続で0点をとってるんだよ。

要するに、規格外の頭の悪さっていうことなのかしら。

あてずっぽうでも何点かとれてしまうテストを、四回連続で0点とってしまう人間って、どういう人間だろう?

う~ん、途轍もないバカ。

いや。

じゃあ、想像を絶するバカ。

いやいや。

空前絶後のバカ。

いやいやいや。

じゃあ、パターンと同じくらいのバカ。

しくしく、しくしく・・・

うそうそ、ごめんごめん。

四回連続で0点だよ。

だから頭が悪いんでしょ?

いや違うんだよ。小学4年生が日常的にやってるテストで、四回連続で0点をとるためには、正解が分からないだけじゃあダメなんだよ。だって、正解が分からないだけだと、うっかり1点でも点数をとっちゃうかも知れないじゃない。そしたら0点はとれない。一回だけなら、たまたま0点をとっちゃうってこともあるかも知れない。たけど、四回連続で0点をとるためには、全部の問題で、何が間違った答えか分かっていなくちゃいけないんだよ。それは裏を返せば、つまり、全部の問題で、なにが正しい答えかを分かっているってことなんだよ。でないと、四回連続0点とるなんて無理だよ。

えっ?

一般的な小学4年生のテストを、四回連続で0点にすることのできる人間っていうのは、絶対に間違えを答えることのできる人間なんだよ。ていうことはつまり、すべての問題の正解が分からない人間じゃなくて、すべての問題の正解を分かっている人間に近いんだよ。でないと、誤って正解を答えてしまうかもしれないんだから。0点をとるっていうことは、1点もとっちゃいけないってことなんだよ。

・・・・・・・・・・・・

たとえば、問題を単純化して、一回のテストの中に、三択の問題が三題ずつ含まれているとして、それに無作為に(でたらめに)回答した場合、四回のテストで、それらを全部間違える確率って、0.77%(=(2/3)^12)に過ぎないんだよ。

う~ん。

四回のテストのうち、選択式以外の問題は全部0点だったと仮定して、さらに、択一式の問題を全部でたらめに回答したとしても。1%に満たないっていうのは、まず普通にはあり得ない確率じゃないかしら。

う~ん。

もちろん、問題の形式は選択式だけじゃなくて、計算問題とか文章題とかもあると思うんだよね。ところが、のび太は算数の計算問題で100点をとったことがある。100点をとることは、やっぱり難しいんだよ。

そうねえ。

さっき見たけど、のび太が100点をとった算数のテストの答案は、きちんと計算のプロセスが記述されていたし、分数や少数の計算方法だけじゃなくて、なんと、一次関数まで理解できてないと、100点なんてとることのできない問題だったよね。絶対にまぐれではない。

すくなくとも、あの単元だけは、授業をきちんと聞いて、予習・復習もやったのかもね。

いや、算数や数学は暗記科目じゃないから、積み重ねが大事なんだよ。特定の単元だけ頑張って、なんとかなるような科目じゃないと思うよ。

そう言われればそうね。

で、国語とかの文章題は、そもそもの日本語の能力が大事なんだけど、のび太のふだんの会話を見ていて、全部の問題を間違えて0点とるほど、日本語能力に欠陥があると思う?

まあ普通よね。

そう、普通なんだよ。とくに語彙力が高いっていう訳じゃあないけど、きちんと他人とのコミュニケーションはとれてる。聞かれたことと全然違う回答をしたり、何を答えていいか分からなくて黙り込んだりしないよね。

うん。

あと、さっきも言ったけど、ドラえもんから未来の道具の使い方を一度説明を受けただけで、それを使いこなせるっていうのは、そもそも、のび太の日本語の理解力や読解力の高さを裏付けてるとも言えるんじゃない。

なるほどねえ。
マンガの中では、「のび太」を「のび犬」って書いちゃうシーンが何度か出てくるけど、たしかに、漢字とかは勉強しないと書けない。まあ、ある種の暗記科目だよね。

知らない漢字はぜったいに書けないもんね。
そうそう。でもさあ、小学校の国語のテストって、普通に日本で生きてきた日本語話者なら、全部間違えて、0点になるってことはなかなかないと思うんだよね。

たしかに国語って、けっこうあいまいな、いわゆる悪門みたいなのがあるから、100点とるのは難しかったけど、0点とるのも難しそうね。

逆に、算数や数学は、問題のあいまいさが低いから、頑張りさえすれば、100点が狙える科目だったじゃない。

うん。数学の問題って、中学とか高校になると難しくなっていったけど、きちんと勉強すれば100点が狙えたね。

つまり、(1)未来から来た人やロボットの存在をすぐに受け入れるだけの理解力と想像力があって、(2)未来の道具を一度使って見せてもらっただけで、使いこなすことのできる知性と行動力があって、(3)小学4年生には難しめの算数の問題で100点をとることもできて、(4)小学4年生レベルのテストを四回連続で0点にすることができる人間っていうのは、けっしてバカとは言えないんじゃないかな?

う~ん。

どう思う?

つまりさあ、連続で何度も0点をとるためには、100点をとれるくらいの学力がなくちゃダメじゃないかってことなのよね。

うん。もちろん、わざと白紙で提出したり、問題に回答しないで、落書きだけしたとしたら、4回連続どころか、毎回0点はとれると思うよ。だけど、のび太は、一応、マジメに回答しようとしているじゃない。

そうね。

で、もしも白紙とか落書きばかりの回答を書いているんだったら、先生やママは「白紙で出すな」とか「落書きしないで、きちんと回答しなさい」とか言って、しかるはずなんだよ。でも、そうではなくて、点数の低いことや、勉強しないことについて、しかってるんだよね。

まあ、100点とったこともあるしね。

うん。

でもさあ、なんで連続で0点をとったりするんだろう?

そう、そこがナゾだよね。

ママにもしかられるし。

ちょーりっぱさんはどう思う?

う~ん、そういえばさあ。

なになに?

アメリカの「サザエさん」とかって言われてる「ザ・シンプソンズ」ってアニメの第一話ってさあ。これとちょっと似た話なんだよね。

どういうの?

シンプソン家の長男のバートくんって、小学生なんだけど、成績も素行も悪くて、全然やる気がないのよ。

ふんふん。

で、あるとき、専門家の先生が診断したら、本当はこの子は天才少年なんじゃないかと。

ほう。

で、一般の小学校では退屈過ぎて、そういう無気力な態度でいるんじゃないかってことで、IQの高い子たちばかりが集まる学校に入れてあげるって話なのよ。

へえ。

ひょっとすると、のび太くんもそうなのかも。しかも、同じ小学4年生だし。

そうなんだ。

でも、バートくんの場合は、実は、単なるバカだったってオチなんだけどね。

ふ~ん。

頭のいい子が、わざと何度も0点をとる理由なんて、それくらいしか思いつかないわ。
なるほどね。

じゃあさあ、ほかにも、のび太くんの優秀さを裏付けるような話ってある?
うん。ちょーりっぱさんもさっき言ってくれたけど、のび太は射撃の天才だよね。

うんうん。
で、射撃ゲームとかだけじゃなくて、単行本の24巻の「ガンファイターのび太」(藤子・F・不二雄. ドラえもん. vol.24, 1982, p.154-175.)っていう話では、1880年のアメリカに行って、西部のならずものたちをやっつけて、モルグ・シティっていう街を救った伝説のガンマンになったりもしてるんだよ。これってどういうことか分かる?

少なくとも、反射神経はいいってことね。あとは度胸がいいってことかしら。

すごい反射神経と度胸だよね。本当の銃撃戦で、命のかけひきをしてるんだから。

頭がいいとか悪いとかいうよりも、本当に小学4年生なのかって感じね。

あと、あやとりも得意で、「おどるチョウ」とか「ほうき星」とか「ギャラクシー」とかいって、自分で独創的な新しい形を開発するくらい研究熱心でもあるんだよね。

たしかに、趣味で創造性を発揮するのって、頭がいいって感じするね。

それと、ジャイ子がマンガを描いて、商業誌に投稿するかどうかためらってるときに、ジャイアンがそのマンガの批評を、のび太に真剣に頼みに来たこともあるんだよ。のび太に”おまえは、なにをやらせてもだめなやつだが・・・、まんがを見る目だけは確かだと思うんだ”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.37, 1986, p.179)とか言って。

それ知ってる。かの有名なクリスチーネ・剛田の「愛フォルテシモ」ね。

つまり、のび太は芸術的センスも優れてるんだよ。少なくとも、小学生の中では。

たしかに、あやとりとマンガに関してはそうね。

あと、コミックス25巻に掲載されている、有名な「のび太の結婚前夜」の回で、しずかちゃんの父親が、大人になったのび太について、”あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね。”(藤子・F・不二雄. ドラえもん. 小学館. vol.25, 1982, p.189.)って評価してるんだけど、それって、成長するにしたがって身につけたのかも知れないけど、やっぱり、のび太には、子どもの頃から、そういう一面もあったと思うんだよね。

そうかもねえ。

こうしてみると、(1)実は学力が高くて、(2)反射神経も良くて、(3)度胸もあって、(4)芸術的センスもあって、(5)人間性も優れているっていうことになっちゃうんだよ。もはや天才と言っていいレベルかも知れない。

天才ねえ・・・。

だからこそ、出木杉くんっていう完璧超人みたいな恋のライバルがいても、しずかちゃんと結婚できたのかも知れない。

う~ん、たしかに、のび太くんに対する見方が変わってきたわ。

しかも、ここまでの話は、あくまでも、一話完結型の方の「ドラえもん」の話だけで、映画原作の「大長編ドラえもん」での、のび太の活躍は一切考慮してないんだよ。あっちも含めたら、もう抜群に優秀な小学4年生ってことになっちゃうかも知れない。

う~ん。

ちょーりっぱさんは、どう思う? 「野比のび太天才説」。

たしかに、のび太くんはバカではなさそうね。

そう思う?

なんとなく、天才かもって思えてきた。
でしょ。

でもさあ、ちょっと待って。

なになに?

この記事ってさあ、既に1万6千字を超えてて、めちゃくちゃ長くなってない。

あっ、ほんとだ。

卒論じゃないんだから。

たしか、klisの卒論は本文だけで1万2千字以上書かないといけないんだったね。

klis Advent Calendar 2020 の記事なのに、全然関係ない話を延々と続けてきたから、ここで無理やりklisネタをぶちこんで来たわね。

今年度(2020年度)は、今日(12月24日)が、klisの卒論提出期限なんだよね。

クリスマスイブに、klisサンタはとんでもないプレゼントをぶちこんで来たわね。

僕は仏教徒だから、よく分からないなあ。シャカシャカ。

いずれにせよ、こんな長い記事をブログに書いても、誰も読まないわよ。

たしかに。

えっ、タカアシガニ?
「たしかに」って言ったんだよ。ちょーりっぱさんもお腹がすいてきたんじゃない?

そうなのよ。もう、パターンがエビフライそのものにしか見えなくなってきたわ。

おいしく食べてね。

ちゃんとタルタルソースもつけてあげる。

ありがとう♥

いずれにせよ、お腹も空いたし、そろそろおしまいにしない?

う~ん、「野比のび太天才説」については、まだまだ先があるんだけどなあ。

言い足りないことは、次の機会にってことでイイじゃない。

そうだね。

また今度。

うん、わかった。

ゼッタイ私も付き合うからさあ。(・・・パターンは話が長いから、絶対バックレてやろおっと・・・)
ありがとう。(・・・ちょーりっぱさんは、絶対バックレようと思ってるな・・・)

じゃあそういうことで。
じゃあ、次回にお会いしましょう。

バイバイキーン!!
は~ひふ~へほ~!!
4. つづく
ということで、とりあえず今回はここまででおしまいです。果たして、野比のび太くんは天才なのか、バカなのか、それともフツーの小学生なのか? このつづきは「野比のび太天才説再論」で、お話しさせていただきますので、ご関心のある方は是非つづきをご覧ください。
でわでわ。
*1:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%81%88%E3%82%82%E3%82%93
*2:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%82%AC%E3%83%8B#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Spider_crab_at_manila_ocean_park.jpg
*3:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%82%AC%E3%83%8B#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Spider_crab_at_manila_ocean_park.jpg
